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冊子『榛名町の獅子舞』に「今より約二百年前の天明年間の頃、信州より吾妻郡を経て当地方へ伝わり、定着……」とあり、そのためか、「古くより吾妻郡の泉沢、大戸古賀神社等の獅子舞組と舞の交流があったという」ともある。
泉沢でも明治の代に佐渡から、萩原姓の二人の師匠を迎えていることがはっきりしている。
いずれにせよ獅子舞は、古老の知る以前から八幡宮祭りに奉納されており、太平洋戦争中も休むことなく現在に続いている。
三国判官流子供獅子である。
(5)演出する曲目など
ア 祭りの月の始め公民館で練習をし、祭りの前日「ブッッォロイ」(仕上げの総練習)をする。
イ 祭りの日は10時頃ヤド(世話人が順にヤドとなり自宅から獅子を出す)に集まり、獅子児(子供で、えびす、カンカチ、前獅子、中獅子、後獅子を舞う5人)には揃いの白いシャツ、足袋、わらじが支給される。世話人は泉沢の集落を七つのブロックに分け、ブロックから1人宛選出される。ヤドをするとその世話人は任期を終わり、そのブロックでは世話人の改選を行う。したがって世話人の任期は3年半である。笛子(笛吹き)と獅子児経験者で、獅子児に1人宛つき添い、世話をする師匠には揃いの半てんを貸与、参加の奉仕者全員に花笠と豆しぼりの手ぬぐいが支給される。支度をし準備がおわると、一同座敷で祝膳(昼飯)につく。すむと獅子は座敷でわらじを履き、「渡り拍子」で庭にとび降り、「振りこみ獅子」「ヒキハ獅子」を舞う。
ウ そして、次回のヤドになる世話人が持つボンデンを先頭に、笛子、えびす、カンチン(白狐)、前獅子、中獅子、後獅子と続き、その獅子児に添うように師匠、続いて古老(獅子舞に関する、いわゆる長老のこと)世話人、唐櫃の順で神社に向かう。唐櫃は獅子の衣装箱で2人で担ぐ。行く時は獅子児の着ていた衣服を入れる。担ぐのはヤドの両隣の人と定められている。
エ 神社入口から神社までの長い参道は「登り大門すてばち」「登り大門かたばち」の難子で、ゆっくりと登る。
オ 神社に着くとすぐ「宮まわり」の囃子で「宮まわりの儀」(社殿の一周)が行われ社前で「礼拝獅子」が舞われる。獅子は社前に敷かれた敷物に、ひざまずいた姿勢で舞う。
カ 次いで「渡り拍子」で神楽殿に移り、ふりこみ、辻がため、農休み、左ねじ

 

 

 

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